早口で注文を済ませ彼の隣に立った私は

早口で注文を済ませ彼の隣に立った私は、彼にお土産で買っておいた温泉饅頭を手渡した。「あ、本当に買ってきてくれたんだ」「買っておかないと、後からうるさく言いそうだから」「ハハッ、ありがとう」普段クールな表情が、笑うとくしゃっとして意外と可愛くなる。この笑顔は、正直そんなに嫌いじゃない。注文したビールが運ばれ、私は勢いよくグラスに口をつけ半分ほどまで飲み干した。基金手續費ず、いい飲みっぷりだね」「どうも」「まさか、来てくれるなんて思わなかったよ」そう言って彼は、ふっと口元を緩めた。この笑顔に騙される女は、きっと数知れないだろう。でも、私だけは絶対に騙されない。「別に、久我さんと飲みたくて来たわけじゃないから。一言、文句を言いにきたの」「文句?何の?」「依織を誘って断られたからって、私を暇潰しに利用するのやめてもらえます?仕方ないからアイツでいっか、みたいに誘われるのって、正直良い気しないんで」私は子供の頃から、目の前の相手に対して何か思うことがあれば、直接言葉で伝えてきた。気に入らないと思うようなことがあれば、陰で悪口を言うよりも直接本人に気持ちをぶつけた方が解決に繋がることも多く手っ取り早い。大人になってからも、それは変わらない。むしろ、変える必要はないと思っている。「七瀬さんを僕が誘ったって、いつのこと?まさか、今日?」「……依織を食事に誘って、断られたんじゃないの?」「何を言い出すのかと思えば……今日は最初から君しか誘ってないよ」「……」一瞬、どう返せばいいのかわからず黙り込んでしまった。でも次の瞬間、私はどうにか頭を働かせ言葉を絞り出した。「久我さんの行動の、意味がよくわからないんだけど」何を考えているのか、読めなさ過ぎて困惑してしまう。なぜ、彼は依織ではなく私を飲みに誘ったのだろうか。「何で依織じゃなくて、私を誘うのよ。普通は、好きな女に真っ先に会いたくなるもんじゃないの?」「仕方ないだろ。君の顔が先に浮かんだんだから」「……」少しも答えになっていないから、私は更に返す言葉に困ってしまった。「それと、今日は君を労ってあげようと思って」「え?」「いろいろ、疲れただろ。今夜は僕の奢りだから、倒れるまで飲んでいいよ」確かに、せっかくの温泉旅行だったのに気疲れしたのは事実だ。というよりも、依織と甲斐が良い雰囲気になっていく様子を目の当たりにするのは、精神的になかなか辛いものだと感じた。本当は私も、この人に話を聞いてもらいたかった。私の気持ちを知っているのは、この世で唯一、彼だけなのだ。「……じゃあ、お言葉に甘えて今日は飲ませてもらいます」「僕も、ビールもう一杯お願いします」彼とこうして隣同士に立ちお酒を飲むのは、今日で何度目だろう。出会ってまだ日は浅いはずなのに、まるで昔からの知り合いのように感じてしまう。私は少しずつ、彼の隣に居心地の良さを感じ始めていた。「久我さんって、見た目と違って意外とオヤジくさいよね。ビールに枝豆、キムチが定番だし」彼がこの店でオシャレなお酒や食事をオーダーしている姿は、これまで一度も見たことがない。どうやら、庶民的な味を好んでいるようだ。「気取った食事は仕事関係の会合や接待で十分だよ。仕事の後の完全にプライベートな時間くらい、好きなものを食べて飲みたいからね」「それ、わかるわ。別にオヤジくさくても良いんじゃない?それが久我さんの素なんだから」ハッキリ言って、私も人のことは言えない。ビールのグラスの横には、ナムルの盛り合わせにチャンジャ、きんぴらごぼうやきゅうりの浅漬けの小鉢が並んでいる。久我さんとほぼ同じようなオーダー内容だ。


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