とハンベエがテッフネールの動きに尚一層注意を払い

とハンベエがテッフネールの動きに尚一層注意を払い、身構えようとした時、「詰まらぬ不覚を取ったでござる。傷を癒して、次の機会に、万全の状態で勝負させてもらうでござる。」テッフネールはそう言って身を翻した。思わぬ相手の行動にハンベエの反応が一瞬遅れた。「逃がさぬ。」ハンベエは慌てて金縛りを打ち破り、テッフネールを追った。ハンベエにしてみれば、テッフネールの腕を斬り裂いて手傷を負わせられたのは全くの僥倖であった。それが相手が傷を癒して再び挑んで来ては、胃鏡檢查勝負がどう転ぶか分からない。今も勝てると断言できるわけではないが、この勝機を逃すわけにはいかない思いであった。身を翻したテッフネールの素早かった事と言えば、既にハンベエと十数歩離れていた。逃げるテッフネールの向かう先には何とエレナとソルティアが立っていた。向かって来るテッフネールにエレナははっとなってソルティアの肩を掴んで引き寄せながら身を避けて、道を空けた。急に引っ張られたソルティアは足をもつれさせて転んでしまったが、それを飛び越えるようにテッフネールは駆け去った。すれ違うエレナ達には一瞥もくれない。 ほとんど間を置かず、ハンベエが通り過ぎようとした。「!」突然、ハンベエが立ち止まった。何と転んでいるソルティアが何を血迷ったのかハンベエの足にしがみついたのである。

「こ・・・・・・。」

世にも恐ろしい形相で、ハンベエがソルティアを睨み据えていた。反射的に斬り付けようとしたのか、刀を振り上げていた。「すみません。気が動転してしまって。」飛びのくようにして、ハンベエから離れ立ち上がったソルティアは真っ青な顔で言った。ハンベエがテッフネールの姿を求めると、何処の辻を曲がったのか既に消えている。ちっ、逃がしたかとハンベエは舌打ちしたい思いであった。ソルティアにしがみつかれた時は、口に出しかけて抑えたようだが、あのまま言葉を続ければ、『このアマ、何しやがる。ぶっ殺されてえか。』とでも言っていそうな雰囲気であった。「ハンベエさん、すいません。ソルティアに邪魔する気は無かったのです。それに私が上手く避けさせていれば。」エレナが執り成そうと言った。分かっている。」ハンベエはぶっきらぼうにそう言うと、周りの兵士を見回して続けた。誰も追ってはならんぞ。それと今後も奴に手を出すな。奴は俺が片付けるからな。」守備軍陣地司令部の寝所にハンベエが戻ると、直ぐにロキがやって来た。ハンベエは衣服も鎖帷子も全て脱ぎ捨て、腰を被う下着一枚の姿であった。「ロキ、いい所へ来た。この金創膏を傷に塗ってくれ。」ロキが入って来ると、ハンベエはそう言って塗り薬を差し出した。「うん。」とだけ答えて、ロキは薬を受け取り、黙ってハンベエのあちこちの傷口に塗り始めた。陣地に戻る途中、エレナから手当をしたいと申し出が有ったのだが、旗頭であるエレナにそんな下世話な真似をさせたら、兵士達のエレナに対する憧憬の心に水を差すと、ハンベエはにべもなく断っていた。「随分あちこち斬られてるよお。痛いでしょお。」「なあに、かすり傷だ。金創膏塗って一晩すりゃあ、消えてなくなるよ。」「ハンベエ・・・・・・。」

「ん?」

「オイラ。」

「・・・・・・。」

「オイラ、ハンベエが負けるなんて事、今日カケラも思わなかったし、次だって必ずハンベエが勝つと信じてるよお。」

「・・・・・・ああ、俺は負けん。俺は勝つ。」

「勝つよね。死なないよね、ハンベエは。」

「勝つさ。」

「ハンベエとオイラの運命は、未来は、こんなところで終わったりしないんだよお。絶対にそうだよねえ。」「大丈夫だ。奴の手の内は今日全て見切った。次は逃がさん。何の心配も無い。」嘘八百のハンベエのセリフであった。今日の闘いの危うかった事と言えば、薄氷の上を渡るどころではなかった。足下で何度も氷がひび割れ、奈落に落ちそうになるのを辛うじて避け続け、どうにかこうにか生き延びたという処が本当の話である。僥倖により、テッフネールに手傷を負わせたが、取り逃がしてしまった。傷を癒せば、再びテッフネールは襲って来るであろう。そして、手の内を知ったのはハンベエばかりではない。テッフネールもハンベエの手の内を見たのである。


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